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東京地方裁判所 昭和48年(ワ)7568号 判決 1976年7月21日

本訴原告・反訴被告 嶋尾静子

右訴訟代理人弁護士 小坂嘉幸

本訴被告・反訴原告 学校法人三室戸学園

右代表者理事 三室戸為光

右訴訟代理人弁護士 石井勗

主文

一  本訴被告は、本訴原告に対し、金一一二万三三〇〇円および昭和五一年三月一日から本判決確定の日まで毎月金二万三九〇〇円の割合による金員を支払え。

二  反訴被告は、反訴原告に対し、金一三二万円およびこれに対する昭和四八年九月二六日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

三  本訴原告および反訴原告のその余の各請求をいずれも棄却する。

四  本訴および反訴の訴訟費用をいずれも三分し、その二を本訴原告・反訴被告の負担とし、その余を本訴被告・反訴原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  本訴原告・反訴被告(以下、単に原告という。)

1  本訴について

(一) 本訴被告は、原告に対し、金五八三万九三〇〇円および昭和五一年三月一日以降毎月金一三万一九〇〇円の割合による金員を支払え。

(二) 訴訟費用は本訴被告の負担とする。

(三) 第(一)項につき仮執行の宣言。

2  反訴について

(一) 反訴原告の請求を棄却する。

(二) 訴訟費用は反訴原告の負担とする。

二  本訴被告・反訴原告(以下、単に被告という。)

1  本訴について

(一) 原告の請求を棄却する。

(二) 訴訟費用は原告の負担とする。

2  反訴について

(一) 原告は、被告に対し、金一七〇万二五九四円およびこれに対する昭和四八年九月二六日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

(二) 訴訟費用は原告の負担とする。

(三) 仮執行の宣言。

≪以下事実省略≫

理由

一  本訴請求について

1  報酬金請求

(一)  被告が昭和四一年四月以前から現在に至るまで東邦短大および東邦高校等を経営していること、原告が昭和四一年四月から同四七年三月まで東邦短大および東邦高校の講師として短大生および高校生に対する声楽の授業を担当してきたことならびに昭和四七年三月当時の原告の報酬金の月額が金二万三九〇〇円であったことは、当事者間に争いがない。そして、これらの事実と、≪証拠省略≫とを総合すると、原告は、昭和四一年四月、被告との間で、東邦短大および東邦高校の声楽科の講師に就任する契約を締結したこと、原告は、その後、おおむね週二日出校して短大生および高校生に対する声楽の授業を担当してきたこと、授業を担当する短大生および高校生の人数は年度により多少の変動があったが、報酬としては、給料という名目による基本給のほかに、研究費、交通費補助等という名目によるものを含む一定額の金員が毎月所定の時期に支払われてきたこと、被告は、毎年二月ごろ、原告ら講師に対して、現に授業を担当している短大生および高校生の氏名、授業日数および時間数、それに対する変更希望の有無等につき書面による回答を求めたうえ、その回答の結果およびその他の事情を考慮して、毎年四月の新学期開始時期までに、原告らが新しく授業を担当すべき短大生および高校生の氏名、授業日数および時間数等を決定してきたこと、しかし、その間、被告が原告に対し講師の任期について話したり、原告と被告とが毎年契約ないしその期間の更新の問題について協議したりした事実は一度もなかったことを認めることができる。なお、被告代表者尋問の結果の中には、右の認定に反し、原告の講師としての任期は一年であって、毎年四月にそれが更新されていたという趣旨の供述部分もあるが、それ自体内容が曖昧であるのみならず、≪証拠省略≫に照らして、採用することができない。

(二)  右(一)において認定した事実によれば、原告は、昭和四一年四月、被告との間で、期間の定めなく、かつ、報酬は毎月所定の時期に所定額を支払うという約束のもとに、東邦短大および東邦高校の声楽科の講師に就任する契約を締結したものと解すべきであるから、この契約がその後解除または解約されて終了したという主張および立証のない本件においては、その契約が雇用契約としての性質を有するものであったか、準委任契約としての性質を有するものであったか、また、右講師がいわゆる常勤(専任)講師であったか否かを問うまでもなく、この契約関係は昭和四七年四月以降においても有効に存続しているものといわなければならない。したがってまた、その後原告にその責に帰すべき債務不履行があるなどの主張および立証のないかぎり、被告は、その後も、原告に対し、毎月所定額の報酬金を支払う義務を免れないものといわなければならない。

(三)  ところで、本件については、昭和四七年四月以降原告にその責に帰すべき債務不履行があったなどの主張および立証はない。のみならず、≪証拠省略≫によれば、原告は、昭和四七年四月以降も、適時に登校して、被告に対し、前記契約に基づく授業を従前どおりに担当したいと申し出たのにかかわらず、被告は、原告に対し、授業を担当すべき短大生および高校生を全く指定せず、原告の右申出を受けることを拒絶するとともに、約定の報酬金の支払いもしなかったことが認められる(なお、これらの事実のうち、被告が昭和四七年四月以降原告に対し授業を担当する短大生および高校生を指定せず報酬金の支払いもしなかったことは、当事者間に争いがない。)。

(四)  もっとも、被告は、被告が昭和四七年四月以降原告に声楽の授業を担当させなかったのは、原告には、素行上とかくの風評が絶えないとともに、短大生および高校生の指導上依怙贔屓や感情的な態度が強いなど教育者としての適格性に問題があったからであると主張し、かつ、被告代表者尋問においても、その主張にそう供述をしている。しかしながら、被告代表者の右供述は、これを裏付ける確証があるわけではないのみならず、≪証拠省略≫に照らして、にわかに採用することができないし、その他に右主張を認めるに足りる証拠はない。また、被告は、被告が原告に声楽の授業を担当させなかったのは、被告が原告とその将来の処遇について協議をしようとしたところ、原告が昭和四七年三月下旬から同年四月上旬までの間届出の住所を不在にしていたため、原告と協議をすることができなかったからであると主張しており、≪証拠省略≫によれば、原告は、同年三月下旬に担当の授業が終了した後一週間ほど山口県下の実家に帰省し、届出の住所を不在にしていたことが認められる。しかしながら、本件の全証拠を検討しても、昭和四七年三月下旬から同年四月上旬までの間に被告が原告とその将来の処遇について協議をしなければならない緊急な事情があったことを認めるに足りる証拠はないのみならず、≪証拠省略≫によれば、原告は、当時、被告に対し山口県下の帰省先をも届け出ており、被告が原告に連絡しようとすれば、容易に連絡することができたことを認めることができるのであるから、被告の右主張およびこれにそう被告代表者尋問の結果は、単なる責任逃れの口実にすぎず、採用することができない。

(五)  以上に検討したところからすれば、被告は、昭和四七年四月以降も、原告に対し、毎月所定額の報酬金を支払わなければならないところ、その金額について、原告は、同年同月以降の原告の報酬額を増額する旨の原、被告間の合意はなされていないけれども、被告は原告以外の東邦短大等の講師に支払う報酬額を同年以降毎年四月に増額しているから、原告の報酬額もこれに準じて増額されたものとして計算すべきであると主張している。しかしながら、原、被告間の合意がなくても、原告以外の東邦短大等の講師の報酬額が増額されれば、原告の報酬額もそれに準じて当然に増額される旨の就業規則の規定や慣行が存在したことの主張および立証のない本件においては、原告の報酬額は、原告以外の東邦短大等の講師の報酬額が増額されても、それに準じて当然に増額されるものではなく、原、被告間の合意をまってはじめて増額されうるものと解するほかない。したがって、原告の右主張は採用することができず、将来原告の報酬額を増額する旨の原、被告間の合意のなされないかぎり、被告は、原告に対し、昭和四七年四月から本件口頭弁論の終結時である同五一年三月一〇日に至るまではもとより、その後においても、毎月、昭和四七年三月当時の原告の報酬月額であることが当事者間に争いのない金二万三九〇〇円を支払えば足りるものと解すべきである。

(六)  なお、原告の報酬金請求のうちの将来の請求、すなわち本件口頭弁論の終結時以降に被告の支払義務が発生するか、または、その支払期日が到来する報酬金の請求について、いつまでの報酬金の請求を認容すべきかが問題になる。そこで、この問題について考えるに、原告が将来永久に東邦短大および東邦高校の声楽科の講師として勤務するということはありえないし、また、本判決が確定すれば、仮にその後も原告が東邦短大および東邦高校に勤務するとしても、被告は、その後に被告の支払義務が発生しその支払期日が到来する原告の報酬金については、これを自発的に支払うものと推認することができる。したがって、右の将来の請求については、本判決確定の日までに被告の支払義務が発生し、かつ、その支払期日が到来する報酬金の限度でその請求を認容すれば足りるものと解すべきである。

(七)  そうすると、原告の報酬金請求は、被告に対し昭和四七年四月一日から本判決確定の日まで毎月金二万三九〇〇円の割合による金員の支払いを求める限度で認容し、その余は棄却すべきである。

2  ホームレッスン料相当額の損害賠償金請求

(一)  原告は、原告が被告との間で東邦短大および東邦高校の声楽科の講師に就任する契約を締結した際、被告が原告に対し、原告が声楽の授業を担当する短大生および高校生に対するホームレッスンをも併せて担当させ、それらの短大生および高校生の支払うホームレッスン料を原告の生活費の一部に充当しうるよう取り計らうことを約束したと主張している。しかしながら、この主張にそうかのように見える原告本人尋問の結果は、その内容自体が不明確であるのみならず、≪証拠省略≫に照らして、にわかに採用することができないし、その他にこの主張を認めるに足りる証拠はない。却って、≪証拠省略≫を総合すると、原告が被告との講師就任契約の締結後に実施してきた短大生および高校生に対するホームレッスンは、すべて原告とそれらの短大生および高校生との純然たる個人的契約に基づくものであって、被告の原告に対する約束ないし被告の短大生および高校生に対する指示等に基づくものではなかったこと、そして、このような事情は、原告以外の東邦短大等の講師の実施しているホームレッスンについても、全く同様であることが認められる。したがって、原告の右主張は採用することができない。

(二)  また、原告は、原告がホームレッスンを担当していた短大生および高校生に対し、被告が、「新しく声楽の授業を担当させることになった河井先生からホームレッスンを受けるようにし、原告のホームレッスンはやめなさい。」などと指示して、原告のホームレッスンの実施を妨害したと主張している。しかし、この主張にそう原告本人尋問の結果も、単なる伝聞や臆測に基づくものであって、これを裏付ける証拠がないのみならず、≪証拠省略≫に照らして、採用することができないし、その他にこの主張を認めるに足りる証拠はない。

(三)  そうすると、原告のホームレッスン料相当額の損害賠償金請求は、その余の点について判断するまでもなく、すべて失当であって、棄却を免れない。

二  反訴請求について

1  反訴請求原因(一)記載の事実は当事者間に争いがないところ、被告は、右請求原因(一)記載の強制執行はすべて被保全権利の存在しない違法な仮処分判決に基づく違法な執行であったと主張している。そこで、この主張の当否について検討するに、本訴請求についてさきに判断したところからすれば、右請求原因(一)記載の仮処分判決のうち報酬金の仮の支払いを命ずる部分は、被保全権利の存在する適法な仮処分判決であったということができるが、損害賠償金の仮の支払いを命ずる部分は、被保全権利の存在しない違法な仮処分判決であったといわざるをえないから、前者に基づく強制執行は適法な執行であったというべきであるが、後者に基づく強制執行は違法な執行であったといわなければならない。

2  ところで、被保全権利の存在しない仮処分判決に基づく違法な強制執行がなされた場合には、反証のないかぎり、その強制執行の申立てをした債権者には故意または過失があったものと推定すべきところ、前記仮処分判決のうち損害賠償金の仮の支払いを命ずる部分に基づく違法な強制執行については、本件の全証拠を検討しても右推定を覆すべき反証は認められないから、その強制執行の申立てをした原告には少なくとも過失があったものというべく、したがって、原告は、右の違法な強制執行によって被告が被った損害を賠償する義務を負うものというべきである。

3  そこでさらに、右の違法な強制執行によって被告が被った損害額についてみるに、別紙(二)記載の執行金額のうちホームレッスン料相当分として表示された金額に相当する金員が右の違法な強制執行によって被告から取り立てられたものであることは当事者間に争いがないから、被告は、右強制執行により、右のホームレッスン料相当分として表示された金額の合計額である金一三二万円と同額の損害を被ったものといわなければならない。なお、被告は、そのほかに別紙(二)記載の執行費用に相当する金額をも右の違法な強制執行による損害であると主張しているが、右執行費用の中には、右の違法な執行と同時になされた、前記仮処分判決のうち報酬金の仮の支払いを命ずる部分に基づく適法な執行のための費用も含まれていることが明らかであるところ、本件においては、右執行費用のうちのいかなる部分が右の違法な執行のためのみに要した費用であるかを確定するに足りる証拠がないので、被告の右主張はいまだ採用することができない。

4  (一) ところで、原告は相殺の抗弁を主張しているので、その抗弁の当否について検討する。

(二) まず、原告は、昭和四七年四月ごろ以降、被告が当時原告の居住していたマンションに嫌がらせの電話をするなどしたため、同マンションから現住所に転居せざるをえなくなって、無用の出費を余儀なくされ、その出費相当額の財産的損害を被ったと主張しており、そして、原告本人尋問の結果の中には、被告が当時原告の居住していたマンションに夜遅く電話をしたり、そのマンションの経営者(原告に対する賃貸人)を学校に呼び出したりして、原告に対する嫌がらせをした旨の供述がある。しかし、右供述は、それ自体不明確な点が多いのみならず、その裏付けとなるべき証拠が全く提出されていないので、にわかに採用することができないし、その他に原告の右主張を確認すべき証拠はないから、同主張は採用することができない。

(三) また、原告は、被告が本訴の請求原因(四)記載のとおりの理由で原告の生活の糧を断つとともに、原告の現住所にも嫌がらせの電話をするなどして、原告に多大の精神的苦痛を与えたと主張している。そこで、この主張についてみるに、まず、原告が昭和四七年四月以降も適時に登校して、被告に対し授業を従前どおりに担当したいと申し出たのにかかわらず、被告が原告に対し授業を担当すべき短大生および高校生を指定せず、約定の報酬金の支払いもしなかったことは、本訴請求についてさきに認定したとおりであるから、被告のこのような措置によって原告が多少とも精神的苦痛を受けたであろうことは、十分に推測することができる。しかしながら、被告の右措置は、本訴請求について認定した原、被告間の講師就任契約に基づく被告側の債務の不履行にすぎないというべきであるから、それによる原告の精神的苦痛は、特段の事情のないかぎり、本訴の報酬金請求を認容して、昭和四七年四月以降の原告の報酬金の支払いを被告に命ずれば、これを慰謝することができるものというべきであり、そして、本件においては、それができない特段の事情は認められない。さらに、原告は、被告は、右のような措置に出る以外にも、原告のホームレッスンの実施を妨害したり、原告の現住所に嫌がらせの電話をしたりして、原告に精神的苦痛を与えたとも主張しているが、この主張にそうかのように見える原告本人尋問の結果は、その内容自体が伝聞や臆測に基づく不明確なものであるのみならず、≪証拠省略≫に照らして、にわかに採用することができないし、その他にこの主張を認めるに足りる証拠はない。したがって、原告の右主張も理由がない。

(四) そうすると、原告の相殺の抗弁は、その余の点について検討するまでもなく、いずれも失当というべきである。

5  以上に検討したところからすれば、被告の反訴請求は、原告に対し前記の違法執行による損害賠償金一三二万円およびこれに対する本件反訴状送達の日の翌日であることが本件記録上明らかな昭和四八年九月二六日から支払いずみに至るまでの民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で認容し、その余は棄却すべきである。

三  結論

よって、本訴および反訴の訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条を適用して、主文のとおり判決する。なお、本訴および反訴ともに仮執行の宣言を付するのは相当でないと認め、この宣言を求める原告および被告の各申立ては却下する。

(裁判長裁判官 奥村長生 裁判官 富田郁郎 裁判官林豊は転補につき署名、捺印することができない。裁判長裁判官 奥村長生)

<以下省略>

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